だいぶ前に書いた文章だけど。
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その場が一瞬にして冷めきった。
「―なんと…」
「おぉ…」
ようやく漏れ出てきた声たちは、その字数に収まるのが不思議なほど、
歓迎や喜びとは程遠い感情を含んでいた。
「妖魔と契りを交わすとは…」
「なんということだ」
「汚らわしい」
僕は思わず一歩踏み出した。
村人たちは怯えて退く。
妖魔という存在が毛嫌いされるのは慣れっこだ。馬鹿馬鹿しい。
だが、彼女までもが貶されているこの事態には怒りを感じざるをえなかった。
「楓」
彼女が腕をのばし、僕をひきとめる。
…僕は、彼女の後ろ隣に下がった。
「聞いてください」
いつものように背筋をのばし、凛とした動かぬ瞳で彼女は語りかける。
「この方は確かに妖魔です。しかしとても尊ぶべき高貴な方。
社で会った方もいらっしゃるでしょう。優しく強いひとです。
彼は私たちのために、全力を尽くして魔物と戦い、撃退してくださりました。
私は彼に身を預け、巫女としての能力を失ったことに過ちを感じていません」
僕には石段に響くその声が悲痛な叫びに聴こえた。
疎まれたことのなかった娘の、いまやただの女となった彼女の。
まだ僕を庇おうとする彼女の。
「もはやその娘になにを言おうが無駄よ。
完全にとり憑かれておる。哀れな…」
しゃらん、と杖を鳴らし言い捨てたのは、あの退魔の一族の老人だった。
「妖魔よ。そなたの魂胆は筒抜けである。
巫女を懐柔し力を手に入れ、他の妖を倒すことで村人の心をもつかみ、
この土地を我が物にせんとするのであろう。なんと悪辣で卑劣な」
… 人間というものは命が短いためなのか、思考が短絡的で疑り深く
また老いても幼稚ですらある。
僕は冷めた目で彼を見る。
だが、彼女が反論した。
「私は操られてなどおりません。
あなただって、楓に助けられたはずですわ。どうしてそんな酷いことを言うのです!」
「春香殿、何を言おうがこやつと契った…いや、想った瞬間から
そなたも魔性の一塊と同類である」
「魔物を排除するのが我々のつとめだー…」
なにが起こったのか、僕にはわからなかった。
ただ、彼女の胸で氷の花が咲き、彼女がくずおれた。
頭の中には言葉さえ浮かばない。
反射的に受け止めた彼女の胸の花は、じわじわと赤く染まっていく。
どうして
どうしてこんな
花は彼女の心臓を破るように咲いているのがわかった。
唇を伝う血の色と対照的に、色を失っていく肌。
ああ、彼岸の花が。
彼女を連れていってしまう。
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