「オトヒメ はね、そのままじゃ浦島が死ぬってわかってたよ」
"かたる"先輩は厚いガラスを隔てた向こう側で淡く微笑んだ。
「だから帰してあげた」
水泡のように一瞬で、揺らぎに掻き消えそうな笑み。
「でも、好きで好きでどうしようもなくて、呪ったんだ」
人魚は見初めた相手を水底に引き擦り込むという。
「君が来てくれて僕はとても嬉しい」
皮膚が乾くと焼け死ぬ先輩。
「だけど僕は君を殺したくないんだ」
水中でしか見れない顔。
「もう、こないほうがいい」
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呪われた魂が転生する箱庭があったという。
魂を教育し、呪いを閉じ込める箱庭は 学校 の形をしていた。
死ぬことを許されない『学生』たちは呪いを産まないために『男子』しか存在しない。
だのに、どうしてか呪いのない新鮮な魂が迷い込んできた。
規律が崩れた。
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先輩をはじめて見たとき、外界を遮断するような異様な姿に思わず息を呑んだ。
学帽を目深にかぶり、襟元まできちんと閉められた学生服。
それは他の生徒となんら変わりが無いのに、彼の頭はほとんどが厚く包帯で覆われていた。
手には手袋。
まったくといっていいほど隙間が無い。
それは彼の醸す雰囲気も同様だった。
手足は華奢で細長いが刺さるほどに安定していて、黒鉛の針が歩いているようだ。
そして、誰も彼に話しかけない。
彼も一言も声を発さない。
誰も彼に触れない。
月曜になると集会が開かれる。
そのとき流れる美しい歌声が、深い地下の水槽の
たった独りのための『教室』の底から聞こえるものだと、
クラスメイトに教わった。
かつて大量の人間を溺死させたという美しい声で
死にもせず生きもしないこの学校で歌うことが彼の
おそらく永遠に続く『学業』であった。
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